ここ数年で耳にすることの増えた「ジェンダーレス」という単語。
ジェンダーレスとは、男女の性別による社会的な役割の区別や強制を無くし、個人個人がより自分らしく生きられる状態を指す言葉です。
ジェンダーレスという言葉は最近できた言葉のように感じますが、実はその概念自体は19世紀後半~20世紀初頭の絵画にはすでに表れていたもの。
今回はあまり触れられることのない絵画とジェンダーレスの関係をご紹介します!
女性は「綺麗なオブジェ」?
ルネサンスやバロック・ロココ美術など、さまざまな時代において描かれてきた「女性」というモチーフ。
こうした絵画に描かれる女性は多くの場合高貴な身分の女性であり、華やかなドレスを着こみ、場を華やげ上品におとなしくたたずむもの……これが従来のヨーロッパにおける女性のステレオイメージの一つで、絵画に女性が登場する際もこのイメージを前提に描かれました。
女性を一つの「オブジェ」として、ある程度決まった描き方をしていたと言えます。
性別による役割の分担をできる限り無くそうという「ジェンダーレス」の考え方とは異なっています。
時代を下るにしたがって、このような固定的な考え方に異を唱える人物が現れてくるのです。
“力強い女性”を描いたピカソ
「女性は華やかに上品に描かれるもの」といった常識を破った一人が、かの巨匠パブロ・ピカソ。
ピカソは自らの絵画製作を支えたパトロンであるガートルード・スタインという女性の肖像を描いています。
そのガートルード・スタインの肖像画からは、従来通りであれば描かれたであろう華やかさやたおやかさは感じられません。
パトロンとしてピカソやマティス、その他大勢の画家を支えたスタインを、ピカソは力強く質実剛健とした、どっしりしたイメージで描きました。
絵画の中、そして残っている写真のスタインは、見ている私たちを射抜かんばかりの視線をこちらに投げかけています。
“泣く”ことを全力で体現した「泣く女」
キュビズムの中でも、ピカソは「華やかで上品」だけではない女性の描き方を模索しています。
ピカソは「泣く女」という主題に強い関心を抱き、同じテーマで100種類以上の作品を残しています。
ピカソは「悲しみ」という主題を表現するため、あらゆる角度・時間のモデルの表情を一つの作品に収めるという手法を取りました。
そこには、女性としての役割から解放されて表情全体で悲しみを体現する女性の姿が現れています。
男装の画家「ローザ・ボヌール」
女性が職業画家となるのが難しかった18・19世紀、女性でありながら画家となった「ローザ・ボヌール」という画家がいます。
ローザ・ボヌールは画家の父のもとに生まれ、自らも絵を描くようになり、主に馬などの動物画を得意としていました。
当時は異性装が禁じられており、そんな中でもローザ・ボヌールは警察の許可を得て日常的に男装をしていました。
しかし彼女は「女性」であることを否定したり忌避したりしていたわけではなく、むしろ「男装をしながら内情は完璧に女性であった」という言葉を残しています。
男装をしていた理由は、「動物を観察するためには馬市や屠殺場で身軽に動き回る必要があったため」「ズボンを履くことで、女性を制限しようとする社会において自立と自己を肯定するため」であり、決して女性性を否定していたわけでは無かったのです。
女性を男性より劣った性とみなしズボンを男性の特権としていた当時のフランスにおいて、女性としてズボンを履きその姿を自ら絵画に残したローザ・ボヌールの存在は、性別の違いによる役割にあらがうジェンダーレスの動きに通ずるものがあると言えます。
ちなみに彼女は女性の服も日常的に着用しており、肖像画にもその様子が描き残されています。
女性のありのままの姿を描き残したメアリー・カサット
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、メアリー・カサットという画家は女性のありのままの姿を描き残しました。
メアリー・カサットは父の反対やサロンの審査員の酷評にさらされながらも、ドガを通して印象派とも交流し、油彩画や版画を次々と発表。
途中、家族の介護や死によって筆を折りつつも、目が見えなくなる70歳まで絵を描き続けました。
彼女の描いた絵には、ただ鑑賞されるオブジェとしてではなく一人の人間として生活をする女性の姿が描き残されました。
失明により絵を描かなくなった後も、婦人参政権の運動を支援する展覧会に自身の作品を18点ほど出展するなど、女性の権利向上のために動き続けます。
ジェンダーレスに決まった形はない!
今回ご紹介しただけでも、ジェンダーへの関わり方・ジェンダーレスの形は一つだけではないことがわかります。
男性の視点から女性を力強く描いたピカソ、女性としての自立を求め男装をしたローザ・ボヌール、女性のあるがままの生活を描きとめたメアリー・カサット。
ぜひ私たちオリジナルのジェンダーレスの形を見つけたいですね!